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城陽市観光だより

 城陽の観光スポット<自然探索>

青谷梅林 〜薫り高き歴史を感じて〜

「花の中で梅が一番好き」とよく聞きます。寒さに耐えて蕾を育み、春に先んじて汚れを知らない花を咲かせます。市の南部丘陵地に広がる青谷梅林は、古くからその名を知られ、多くの観梅客でにぎわいます。毎年2月から3月にかけて行われる「梅まつり」について、また、梅林やその周辺の生いたちと魅力をご紹介します。


青谷梅林のはじまり

「梅まつり」の季節になると、JR奈良線山城青谷駅前には赤いのぼりが飾られ、そこはもう梅の里です。駅前に立てられた案内板に従って約2`、時間にして20分ほど歩くと、ほんのりと甘い香りが漂う梅林が広がり、白や淡い紅色の花があたり一面に咲き競っています。 駅から梅林に行く途中には、わかりやすいように標識が立てられています。山城青谷駅から要所に「あとO`」と書かれていて、訪れた人を梅林へと誘います。
 この青谷梅林がいつごろからあるのか、その起源は定かではありませんが、古くから、日本でも有数の梅どころとして知られていました。後醍醐天皇の皇子である宗良(むねなが)親王の歌に、早くも次のように詠まれています。「風かよふ 綴喜の里の 梅が香を 空にへだつる 中垣ぞなし」―鎌倉時代から、すでに人々に愛されていたことを物語っています。 梅まつり


府下一を誇る梅林

現在では、50軒あまりの農家が、20fほどの面積に約1万本の梅を栽培しています。そのほとんどを占める白梅が満開となる時期には、さながら大きな「純白の羽二重」を広げたような美しさを見せ、あたり一帯が甘酸っぱい梅の香りに包まれます。
梅  青谷梅林では、「春は城陽から」をキャッチフレーズとする「梅まつり」が、青谷梅林振興協議会の主催で、昭和59年から毎年、2月から3月にかけて行われるようになりました。今では、京阪神の各地から毎年2万人もの観梅客が訪れ、春の風物詩として親しまれています。青谷梅林はまた、観光だけではなくその果実からいろんな製品を作るために栽培されている「生産梅林」でもあります。
大別して大梅と小梅に分けられ、大梅は城陽特産の梅酒や和菓子の原料に、小梅は歯ごたえのある味が好まれ梅干し用になります。あわせて約160dを生産し、その8割は京都、名古屋方面へ出荷されていて、栽培面積、生産量とも府下一を誇っています。
梅干用の梅は、収穫後に塩漬けされ、8月上旬のもっとも暑い時期に「三日三晩」日に干されます。この「天日干し」も城陽の夏の風物詩です。


歴史の残る風景

梅林を巡る散策コースは、観梅だけではなく、この土地の素朴な歴史にふれることができる、絶好の散策コースになっています。「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」―この歌の由来はわかりませんが、おなじみ、菅原道真公の歌碑があるのは、旧中村の産土神(うぶすながみ)である「中天満神社」です。急な石段を登ると、「おかげ」と書いたのぼりが描かれている、大きな絵馬が目に入ります。幕末の慶応3年(1867年)11月に、中村の住民によって奉納されたもので、府内でも数少ない貴重な「おかげ踊り」の絵馬の1つです。
 竹やぶの中をぬって、石垣の続く小径を南に行くと、竜福寺の参道へ到ります。この寺は、慶長12年(1607年)の建立と伝えられ、本堂には阿弥陀如来像が祀られています。
土壁のある古い家並みが残る旧中村を抜け、西へ歩を進めると、ふたたびJR奈良線山城青谷駅へ戻ります。
梅林と周辺の社寺を巡る散策コースは、ゆっくり歩いて約1時間30分の距離です。ひと時の余暇を、梅林の陽だまりで、お弁当などを広げるのも気持ちよく心が和むものです。「青谷の 梅咲きたりと ここかしこ 人まち顔に 鶯の鳴く」―こんな歌を詠んだ明治の皇女も愛した青谷の里へ、ご家族おそろいでぜひお出かけください。1万本の梅が、あなたを春に誘ってくれますよ。
梅まつり


青谷梅林ご案内図
お問い合わせ
城陽市市役所農政課 TEL.0774-56-4005
JA京都やましろ城陽支店TEL.0774-52-5131
交通
JR奈良線 京都駅山城青谷駅(梅林まで徒歩20分)
近鉄京都線 京都⇔新田辺
京阪バス 新田辺⇔多賀口(バス11分)



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