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城陽市観光だより

 城陽の「文化財一覧」

国指定の史跡・重要文化財

市内には、縄文時代の森山遺跡をはじめ、古墳や神社・寺院跡など貴重な遺跡や文化財が数多くあります。
森山遺跡には縄文時代の集落遺跡や弥生時代の竪穴住居あとが見つかり、正道官衙遺跡は奈良時代の久世郡衙(役所)と推定され、遺跡として整備しています。また、国指定の重要文化財は、神社や薬師如来立像、古墳出土遺物の5件があります。


森山遺跡(もりやまいせき)
〔国指定史跡〕
イメージ図

木津川を望む丘陵上に営まれた縄文時代から 古墳時代の集落遺跡です。縄文時代の集落は、 約4000年前(縄文時代後期)のもので、大きな竪穴(たてあな)住居と小さな竪穴住居がみつかっています。そこに住んだ人数の違いが、家の大きさに反映していると考えられます。
また周囲を溝で囲まれた一辺約45mの四角い土壇(方形周溝状遺構(ほうけいしゅうこうじょういこう))がみつかりました。その構造や溝内から出土した土器から、古墳時代前期(約1600年前)の豪族の居館(住居)跡と考えられています。こ の他には、弥生時代後期や古墳時代後期の竪穴住居もみつかっています。
〈見学〉
JR奈良線長池駅」から東へ徒歩約15分。
遺跡公園として、遺構の一部が復元されています。
森山遺跡
現在の森山遺跡


芝ケ原古墳(しばがはらこふん)
〔国指定史跡〕
イメージ図
 芝ヶ原古墳は、南北21m、東西19mの方形の 墳丘に、これより小さな方形の出っ張り(突出部) がつく、前方後方形をしています。方形の墳丘の 中央部分に、長さ3m、幅0.7mの木棺(もっかん)が 直接埋められていました。木棺は腐ってなくなっていましたが、遺体と一緒に埋葬された銅釧(どうくしろ)(銅製の腕輪)・鏡・玉類などが出土しました。
特に銅釧は、他に同じものがみられない非常に珍 しいものです。これらの出土品は、国の重要文化財に指定されています。
一緒に出土した庄内式(しょうないしき)土器から、本格的に古墳の築造が始まる直前の3世紀中ごろに造られたものであることがわかりました。

〈見学〉
JR奈良線「城陽駅」から東へ徒歩約15分。
出土品は、芝ケ原古墳出土遺物として一括して国指定重要文化財に指定され、城陽市歴史民俗資料館で展示しています。
銅訓
 銅釧
芝ヶ原12号墳


久津川車塚・丸塚古墳(くつかわくるまづか・まるづかこふん
〔国指定史跡〕

久津川車塚古墳は、5世紀前半に築造された南山城最大級の前方後円墳です。二重の周濠(しゅうごう)を含めた全長は約272m、墳丘長は約180mあります。墳丘は3段に築かれ、葺石(ふきいし)と埴輪列(はにわれつ)が施されています。後円部からは、長持形石棺(ながもちがたせっかん)と呼ばれる巨大な石棺がみつかっています。
石棺内からは、鏡7面や鉄剣類の他に多くの玉類が出土しました。また石棺の両側に取り付けられた小さな石室からも、多くの武器や武具類が発見されています。南山城地域を治めた大首長(だいしゅちょう)の墓と考えられます。
丸塚古墳は、久津川車塚古墳の東約100mの所にある前方部が低く短い帆立貝形(ほたてがいがた)の前方後円墳です。墳丘長は約104mあり、葺石と埴輪列を施しています。西側クビレ部付近から出土した家形埴輪は、高さが約1mもある大型の埴輪です。
出土した埴輪から、久津川車塚古墳より先に築造されたことがわかっており、平川地域に最初に築造された大首長墳と考えられます。
石棺副葬品 〈見学〉
近鉄久津川駅から東へ徒歩約10分。
久津川車塚古墳から出土品の一部は、城陽市歴史民俗資料館で展示しています。
車塚古墳
久津川車塚古墳上空からの写真
家形埴輪
家形埴輪(丸塚古墳出土)


平川廃寺跡(ひらかわはいじあと)
〔国指定史跡〕

奈良時代に建立された寺で、西に塔、東に金堂を置く法隆寺式の伽藍(がらん)配置をとります。塔は一辺17.2mの瓦積みの基壇(きだん)をもち、国分寺(こくぶんじ)の塔に匹敵する規模であったことがわかっています。寺の範囲は、東西約172m、南北約115mと推定されています。
しかし平安時代初期に、塔や金堂などの主要な建物は火災で失われ、その後再建されなかったようです。
寺の西側には、5世紀後半に築かれた赤塚(あかつか) 古墳(直径22.5m、円墳)があります。平川廃寺の築地(ついじ)が赤塚古墳を避けるように造られていたことから、古墳を壊さずに寺の造営を行ったことがわかりました。

〈見学〉

近鉄久津川駅から南東へ徒歩約15分。
 


正道官衙遺跡(しょうどうかんがいせき)
〔国指定史跡〕

大規模な掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)を中心に、整然と配置された掘立柱建物群がみつかりました。出土した土器から、これらの建物群は奈良時代のものと考えられ、城陽市一帯に置かれた「久世郡」の郡衙(ぐんが)(役所)跡と推定されています。西側には、飛鳥時代の掘立柱建物群がみつかっており、奈良時代の郡衙に先立つ建物群と考えられています。また東側には、寺(正道廃寺)の存在も推定されています。
この他には、5世紀前半の小規模な方墳群や6世紀末から8世紀にかけての竪穴住居群もみつかっています。
〈見学〉
JR奈良線「城陽駅」から北東へ徒歩約10分。
遺跡公園として、遺構の一部が復元されています。 
正道官衙遺跡
正道官衙遺跡復元イラスト
正道官衙遺跡
現在の正道官衙遺跡



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